予期せぬシステムダウンや国際情勢の緊迫化。そんな危機的状況でも事業を止めず、むしろ成長の糧に変える「オペレーショナル・レジリエンス」とは何か?CRM、iPaaS、APIといったキーワードを解説し、これからの経営者に必須の「守りのDX」と「攻めのDX」を、オーランドトヨタの実例から学びます。
緊迫する世界と、会社の「脆さ」
イランとイラクの紛争、中国と台湾の間の緊張。世界は今、地政学的なリスクの高まりとともに、かつてないほどの緊張感に包まれています。

ここ沖縄では、嘉手納基地を飛び立つ戦闘機の爆音が、日増しに大きくなっているように感じます。この不安定な世界で、私たちのビジネスは、そして会社は、明日どうなるのでしょうか。多くの方が、私と同じように漠然とした不安を抱えているのではないでしょうか。
しかし、不安を抱えながらも、私たちは日々の生活を送り、仕事を続け、会社を経営していかなければなりません。世の中の状況を冷静に見通し、あらゆる事態に備えて対策と準備を怠らないこと。それが、経営者に課せられた責務です。
そこで、あなたに質問です。
もし、あなたの会社の事業が、たった一つのシステムの停止で完全に麻痺してしまうとしたら? そのような「脆い」構造になってはいないでしょうか。
何が起きるか分からないのが、現代です。万が一の事態で、これまで当たり前に動いていたシステムが停止してしまう。
そんな予期せぬトラブルは、いつでも起こり得ます。しかし、そのトラブルさえも成長の糧に変えてしまう、しなやかで「強い」構造を持つ企業は、危機をチャンスに変えることができます。
ビジネスの世界では、この強さを「オペレーショナル・レジリエンス(事業の回復力)」と呼びます。
今回は、この「オペレーショナル・レジリエンス」をテーマに、絶体絶命のピンチを事業進化のチャンスに変えた企業の事例を紹介します。これからの経営者に必須となる「攻めと守りのDX(デジタルトランスフォーメーション)」について、深く掘り下げていきましょう。
私たちが提唱する「ブランド馬術」、それは単なる飾りではなく、この事業回復力を高めるための、実践的な経営技術なのです。
ケース:オーランドトヨタを襲った「心臓停止」
物語の舞台は、アメリカ・フロリダ州にあるオーランドトヨタ。従業員500人、月の問い合わせ件数は5000件にも上る巨大な自動車ディーラーです。
ある日、彼らの事業の根幹を支えるCRMが、サイバー攻撃によって完全にダウンしました。
ここで一つ目の重要なキーワードが「CRM」です。 CRMとは「Customer Relationship Management」の略で、日本語では「顧客関係管理」と訳されます。

これは、かつての「顧客台帳」や「顧客リスト」をデジタル化したものであり、それ以上の価値を持ちます。お客様の連絡先、過去の商談履歴、問い合わせ内容といった、顧客との関係性のすべてを記録・管理する、いわば会社の「心臓部」とも言えるシステムです。
ポッドキャストでも、HubSpotなどのCRMツールを何度かご紹介してきました。
この「心臓部」が止まるというのは、ビジネスにとって致命的です。オーランドトヨタの現場は、大混乱に陥りました。
しかし、ここの責任者であるスペンサー氏は、ただシステムの復旧を待つという選択をしませんでした。彼は、「事業継続計画(BCP)」の一環として、迅速に代替システムの構築に動き出したのです。
BCPとは、自然災害やテロ、システム障害といった緊急事態が発生した際に、損害を最小限に抑え、事業の継続あるいは早期復旧を可能にするために策定される計画のことです。
20年以上前から、特に地震の多い日本ではリスク管理の手法として重要視されてきました。スペンサー氏は、このBCPの考え方に基づき、行動したのです。
そして、彼がその武器として選んだのが「Zapier(ザピアー)」というツールでした。
キーワード解説:事業の神経網をつなぐ「iPaaS」と「API」
スペンサー氏が活用したZapierは、専門的には「iPaaS(アイパース)」と呼ばれるジャンルのサービスです。

iPaaSとは「Integration Platform as a Service」の略。難解に聞こえますが、その本質は非常にシンプルで、「異なるソフトウェア同士を繋ぐ、通訳・翻訳サービス」のようなものです。
例えば、「Gmailで来たお客様情報を、自動でGoogleスプレッドシートの顧客リストに書き写す」といった作業を、人間を介さずに実行できます。
私が運営するオンラインスクールでも、プラットフォーム(Thinkific)でアカウント登録があった際に、CRM(HubSpot)へ自動的に顧客データを登録する、といった形でiPaaSの仕組みを活用しています。
通常、このようなソフトウェア間の「連携」は、「API(エーピーアイ)」という、プログラム同士の接続口を使って、システム開発者が個別に開発する必要がありました。
宇宙船同士がドッキングする際の接続プラグをイメージすると分かりやすいかもしれません。多くのクラウドサービスが「API連携可能」と謳っているのは、このためです。しかし、このAPI連携の開発には、専門知識はもちろん、時間もコストもかかります。
一方、iPaaSを使えば、このAPI連携をプログラミングの知識なしに、まるでレゴブロックを組み合わせるように、直感的に組み上げることが可能です。つまり、開発コストと時間をかけずに、業務プロセスの自動化を実現できることこそが、ZapierをはじめとするiPaaSの革命的な価値なのです。
責任者のスペンサー氏は、このiPaaSの特性を深く理解していました。だからこそ、会社の「心臓部」が停止するという危機的状況下で、たった数時間で代替システムを構築するという離れ業をやってのけることができたのです。
経営者が学ぶべき3つの「知的武装」
オーランドトヨタの事例は、単なるITツールのうまい活用事例ではありません。ここには、これからの経営者が知るべき、3つの重要な「知的武装」のヒントが隠されています。
知的武装①:攻めのリスク管理(守りのDX)
CRMのようなSaaS(Software as a Service)、つまり外部のクラウドサービスに事業の根幹を依存することが当たり前になった今、そのシステムの停止は、もはや他人事ではなく、常に起こり得るリスクです。
iPaaSを導入し、万が一の際に代替ルートを確保しておくことは、単なる業務効率化に留まりません。それは、不測の事態に事業を止めないための「保険」であり、事業の継続性を担保する「守りのDX」になるという、新しい視点です。
知的武装②:業務プロセスの再設計(攻めのDX ① 生産性向上)
あなたの会社では、社員が日々どれくらいの時間を「手動でのデータ転記」、いわゆるマニュアル・トランスファーに費やしているでしょうか?FAXで届いた申込書をExcelに手入力する、といった作業は、目には見えない大きなコストです。
この単純作業を自動化することで、社員という貴重なヒューマン・リソース(人的資源)を、本来やるべき顧客対応や新しい企画立案といった、付加価値の高い業務に再配置することができます。これは、コスト削減に留まらず、利益を直接生み出す「攻めのDX」と言えるでしょう。
知的武装③:データドリブン経営へのシフト(攻めのDX 意思決定の進化)
オーランドトヨタは最終的に、リアルタイムで顧客からの問い合わせ状況が分かる「ダッシュボード」を構築しました。
これは、経営者が長年の経験や勘だけに頼るのではなく、データという客観的な事実に基づいて意思決定を行う「データドリブン経営」への、非常に重要な第一歩です。
どの広告からの問い合わせが多いのか、どの営業担当者の成約率が高いのか。客観的なデータという「羅針盤」を持つことで、経営の舵取りはより精度を増し、これもまた強力な「攻めのDX」となります。
まとめ:会社の「仕組み」を見直す時
今日の話の核心は、脆い会社と強い会社の違いは、事業の表面的な売上や規模ではなく、その裏側にある「仕組み」にある、ということでした。
そして、その強い仕組みを作るための知的武装として、3つのポイントをお伝えしました。

- 守りのDX: 予期せぬ事態でも事業が止まらないための、「保険」としての自動化。
- 攻めのDX(生産性): 社員を単純作業から解放し、創造的な仕事に集中させるための、業務プロセスの再設計。
- 攻めのDX(データ活用): 経験や勘だけでなく、客観的なデータという「羅針盤」を持って経営の舵取りをする、データドリブン経営へのシフト。
これらの視点を持って、ぜひ一度、あなたの会社の「仕組み」を深く見直してみてはいかがでしょうか。そこに、あなたの会社の未来を大きく変えるヒントが隠されているかもしれません。
ちなみに、今回ご紹介したZapierは、現時点ではインターフェースがすべて英語というネックがあります。しかし、それを乗り越えて学ぶ価値は十分にあります。私も、この「守りのDX」と「攻めのDX」をさらに実践すべく、日々勉強を続けています。
この記事はポッドキャストで配信した音声をベースに作成しています。ポッドキャストも合わせてお聞きください。