「いいモノを作っても、届かなければ存在しないのと同じ」
これは、ある製造業経営者のAさんが、海外の展示会でドイツ人バイヤーから直接言われた言葉です。
展示会で名刺交換をし、自社製品のカタログを渡した直後のこと。そのバイヤーはこう静かに言ったそうです。
“Your product seems great. But I couldn’t find much about it online.”
その瞬間、Aさんはハッとしたと話してくれました。当時、Aさんの会社のWebサイトは日本語のみで、国内向けの情報が中心。海外のパートナーに向けたコンテンツはほとんどなく、「伝える手段」がないに等しい状態だったのです。
国内市場の変化と、海外への視線
Aさんは金属加工を中心とする製造業を営んでいます。父の代から続く町工場を継ぎ、品質には絶対の自信があり、大手企業との取引も安定していたそうです。
しかし、近年になって国内市場の縮小を肌で感じ始めたとのこと。若年人口の減少、国内の価格競争、そして大手の調達先が海外にシフトし始めた現実……。
「このままではいけない」と感じたAさんは、次なる成長の道として海外進出を意識し始めたと話してくれました。そして、数ある選択肢の中で最初に取り組んだのが、「Webサイトの多言語対応」だったのです。
翻訳だけでは届かない。Web戦略の見直しへ
Aさんの当初の考えはシンプルでした。「とりあえず英語に訳せばいい」と。日本語のサイトを英語に翻訳し、製品紹介を増やし、英語の問い合わせフォームを設置。けれど、実際にサイトを公開してみると、思ったような反応が得られませんでした。
むしろ、英語サイトの直帰率が高く、滞在時間も短い。これによりAさんは、「ただ訳すだけでは意味がない」と痛感したのだそうです。
この話を聞いたとき、私は強く共感しました。私自身、多言語Web戦略を支援する立場として、翻訳だけで“伝わる”わけではないという現実を何度も見てきました。言語はあくまでツールであって、届けたい価値がしっかり伝わる設計でなければ意味がないのです。
海外ユーザーに「伝わる」Webサイトとは?
Aさんは、グローバルマーケティングに詳しいコンサルタントと話す機会を得ました。そこで指摘されたのは、以下のような点だったそうです。
- デザインが日本的すぎる
→ 海外では「洗練された見た目=信頼性」。日本の中小企業的なデザインでは通用しない。
- スペック情報ばかりで、ユーザー視点がない
→ 海外バイヤーは「どんな課題を解決できるか」「どんな事例があるか」に興味を持つ。
- 翻訳が“英語風の日本語”になっている
→ ネイティブには違和感があり、機械翻訳では信頼感を損なう。
つまり、単なる翻訳ではなく、「誰に、何を、どう届けるか」という戦略設計そのものが必要だということです。
リニューアルプロジェクト始動。伝えるための設計へ
こうした気づきを受けて、AさんはWebサイトのリニューアルを決意。私もそのプロセスの一部に関わらせていただきました。
以下のような視点をもとに、Webサイトは再設計されました。
- ターゲットの明確化
ヨーロッパのBtoB市場を中心に設定し、「高品質・高耐久・柔軟な供給体制」といった強みを前面に打ち出しました。
- グローバルスタンダードなデザイン
シンプルで洗練されたUIに刷新。レスポンシブ対応やナビゲーションの改善、読み込みスピードも最適化。
- ローカライズされた言語設計
単なる英訳ではなく、文化背景に配慮したコピーライティングを採用。プロのローカライザーが文章を監修しました。
- ストーリー性のある導入事例
スペックだけでなく、「どんな背景で導入されたか」「導入後どんな成果があったか」といった実際のストーリーを掲載。
こうした取り組みにより、「伝える力」を持ったWebサイトが形になっていったのです。
数字で実感する「伝える力」
リニューアルから半年、Aさんの会社には次のような変化が現れたそうです。
- 欧州からのWebアクセスが3倍に増加
- 英語問い合わせフォームから毎月5件以上のリードを獲得
- 現地展示会で「Webを見た」と言われるケースが急増
そして何より、「自社の技術と想いを、自信を持って世界に届けられるようになった」とAさんは語っていました。
多言語Webサイトは“翻訳”ではなく“戦略”
Aさんの話を聞いて改めて思うのは、「多言語対応=翻訳」だと思っている企業の多さです。でも実際には、それはスタート地点にすぎません。
“技術力”がいかに優れていても、それが伝わらなければビジネスにはつながりません。そして“伝える”には、「相手の視点」で設計されたコンテンツが必要なのです。
多言語Webサイトとは、“海外の見込み顧客の頭の中に入り込む”こと。どんな課題を抱え、どんな言葉で検索し、どんな表現に安心感を覚えるのか。そこまで想像して初めて、「伝わる」コンテンツが生まれます。
Aさんの取り組みは、その好例でした。
最後に:同じ悩みを持つ中小企業経営者の方へ
Aさんは、「うちみたいな町工場が海外なんて無理」と思っていた時期もあったそうです。ですが、「今ある強みを世界に届けるだけ」と考え方を変えたとき、すべてが動き出しました。
あなたの会社にも、きっと“届ける価値”があるはずです。まずはWebサイトから始めてみませんか? それが、未来への確かな一歩になると、私は信じています。